会議の空気が重かったのも、相手が黙り込んだのも、原因をたどると最後は自分のところに戻ってくる。そういう日が続いているのだと思います。ここで起きているのは、自信の量の問題とは少し違います。責任として引き受けている範囲が、実際に決められた範囲より広くなっている。手をつけるのは、決定権のありかで線を引くこと、他人の機嫌を担当から外すこと、謝る回数が何を固定しているかを見ることの3つです。何かを増やすより、広がりすぎた線を元の位置に戻す作業になります。
なんでも自分のせいだという説明が、いつでも作れてしまう理由
出来事に関わった人のうち、行動の細部まで見えているのは自分だけだからです。相手の事情は見えず、自分の判断の迷いだけが記憶に残っています。材料が偏っている場所で原因を探せば、答えは自分に寄ります。
「あのとき一言足していれば」という仮定は、いくつでも作れます。実際に足していたらどうなったかは、誰にも確かめられません。確かめようのない仮定は、頭の中でいつまでも有力な説として残り続けます。
もうひとつ働いているものがあります。自分のせいだと考えているあいだは、次は防げるという感覚が保てます。相手の気分や偶然のせいだったと認めるほうが、実は落ち着かない。責任を引き受ける癖は、無力さを避ける方法として身についていることがあります。
だから、責任感はそのままにして、引き受けている範囲のほうを測り直していきます。
決められたことと、決められなかったことを分ける
線を引く材料になるのは、意図の善し悪しや努力の量よりも、決定権がどこにあったかです。その件を最終的に決めたのが自分でなければ、結果の責任は自分の担当から外れます。ここは性格の話と切り離して扱えます。
気になった出来事を、3つの列に振り分けます。
- 自分が決めて、自分が動かしたこと。着手する日、送る文面、断るかどうか。この列は丸ごと自分の担当に入ります。
- 自分が決めたが、結果は他の要因で動いたこと。提案の中身は自分、採否は相手。自分の担当は、提案を出したところで区切れます。
- 自分に決定権がなかったこと。会議の議題、相手の返信速度、上司の機嫌、他部署の事情。
例を一つ挙げます。締切に遅れた件で、着手日を3日後に置いたのは自分の判断です。ここは1列目に入ります。同じ件で、途中に別の依頼が2件割り込んだのは3列目です。両方が混ざったまま「遅れたのは自分のせい」と括ると、動かせなかった部分まで抱えることになります。
もう一つ挙げます。相手が急に不機嫌になった日の会話も、同じように割れます。話題を選んだのは自分なので、そこは1列目です。その話題に相手がどう反応するかは3列目です。1列目だけを見て次から話題を変えるのは有効ですが、反応そのものまで引き受けると、担当が際限なく広がります。
1週間分の出来事を10個書き出すと、1列目に入るのは2つか3つです。少なすぎると感じるかもしれませんが、決められる場面がもともとその程度だったということです。
この分け方をしても結局は自分の性格に問題があるという結論に戻るなら、扱う対象がずれています。その場合は自分の性格が好きになれないときのほうが近く、嫌っている場面を特定するところから始められます。
他人の機嫌を、自分の担当に入れていないか
他人の機嫌は、こちらの行動だけでは動きません。睡眠、直前の予定、家庭の事情、体調。こちらから見えない要因のほうが数として多いので、機嫌を担当に入れた時点で、達成しようのない仕事を一つ背負い込みます。
いま担当に入っているかどうかは、次の4つで見えます。
- 相手が不機嫌になった直後、自分の言動を思い返す時間が5分を超える
- 相手の表情を見てから、言おうとした内容を変える。これが1日に3回以上ある
- 相手が黙ったとき、間を埋めるのは毎回こちらから
- 相手が機嫌よく帰った日を、自分の成果として数えている
3つ以上に当てはまったなら、薄々感じていたとおりだったのだと思います。場の空気を保つことが、いつのまにか自分の業務になっています。
担当から外すのは、冷たくなることとは違います。相手の機嫌に気づいたうえで、原因を特定しにいくのをやめます。「機嫌が悪そうだ」で止める。「自分の何が悪かったのか」へ進まない。この一段の手前で止まる練習が、実際にはいちばん効果があります。
重いのが機嫌の変化より評価そのものだったなら、他人の評価が気になるときのほうが範囲に合います。評価の受け取り方については、そちらに詳しく書きました。
謝る回数が増えると、相手の側も線を引かなくなる
先に謝る人がいる場では、誰が何を担当していたかを確かめる手間が省けます。省かれた確認は、次も同じ人のところへ流れます。謝罪はその場を早く収める代わりに、責任の配分を固定します。
2日間だけ、口から出た「すみません」の回数を数えてみます。10回を超える人もよくいます。そのうち、事実として自分に非があったものは1回か2回です。残りは、場を滑らかにするための潤滑油として出ています。
潤滑油が要る場面はあります。ただ、同じ人が毎回出していると、周囲は配分を確認しなくなります。半年経つと「あの件は見てくれていたよね」の範囲が、実際の担当より広がります。
置き換えるなら、まずこの3つからです。
- 「すみません、遅くなりました」→「お待たせしました」
- 「すみません、私の確認不足で」→「ここまでは共有できていました。抜けていたのはこの部分です」
- 「すみません、聞いていいですか」→「1点確認します」
言葉を変えるだけで、事実の確認が場に戻ります。謝罪を減らす目的というより、誰の担当だったかを毎回もう一度置き直すための言い換えです。
言い換えを始めた最初の1週間は、落ち着かないと思います。謝罪で埋めていた間が、そのまま空くからです。空いた間に相手が何を言うかは相手の側の担当で、こちらが先回りして埋める理由はありません。2週目に入るころには、確認の言葉のほうが先に出てくるようになります。
言い換えの一覧と、その場で詰まったときの言い方はすぐ謝ってしまうのをやめたいときにまとまっています。言葉そのものを直したいときは、そちらを先に読むと早いです。
1週間の記録で、線の位置が見える
線は頭の中では引けません。1日3分、気になった出来事を1行ずつ書いて、1・2・3のどの列かだけを添えます。7日で10行から15行たまれば、記録としては十分です。
書き方は決まっています。
- 時刻は決める。寝る前でも、帰りの電車でもかまいません
- 1行に「誰が決めたか」まで入れる。例:「17時の差し戻し/決めたのは部長/3」
- 感想は書かない。書き始めると記録が反芻に変わります
- 7日目に、3つの列の数だけを数える
数えたあとの見え方は、だいたい2通りに分かれます。3列目が半分以上なら、抱えていた重さの多くは、最初から自分の手の外にありました。1列目が半分以上なら、決定権はあったので、次の一手を選べる場面が残っています。
この記録で測っているのは、自分の出来より線の位置です。1列目が少ない週があっても、それを努力不足と読む理由はありません。記録が示しているのは、その週に自分の手が届いた範囲の広さです。
自分を責める時間が、生活のほうに出ているとき
気分の落ち込みが2週間以上ほぼ毎日続いていて、睡眠・食事・仕事や家事のどれかが実際に回らなくなっているなら、線引きの作業より相談が先になります。自分を責める考えが夜中に止まらない日が続くときも同じです。
日本には、匿名で使える公的な窓口があります。
- こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(発信地の都道府県の相談窓口につながります)
- よりそいホットライン 0120-279-338(24時間、通話無料)
どちらも、診断名や事情の整理がないまま電話していい場所です。話しながら順番を作っていく使い方ができます。
ここに書いたのは生活の範囲で自分の状態を見るための手順で、診断や治療の代わりにはなりません。落ち込みが2週間を超えているなら、心療内科や精神科、かかりつけ医に一度状態を伝えてください。1週間分の記録があれば、そのまま材料になります。
よくある質問
責任を引き受けないと、無責任な人になりませんか
線を引く作業と、担当を放棄することは別です。決定権のあった場面では引き受け、なかった場面では引き受けない。範囲がはっきりしている人のほうが、周囲からは動きが読みやすくなります。
実際に自分のミスだった場合はどう扱えばいいですか
1列目に入れて、次に変える手順を1つだけ決めます。手順が決まった時点でその件は終わりで、以後の反省は材料を増やしません。同じミスが3回続くようなら、疑うのは手順の側です。
家族に対しても同じ分け方でいいですか
使えます。ただし家族は決定権の所在が曖昧な場面が多く、3列目が増えがちです。親の機嫌やきょうだいの進路のように、自分が決めていない事柄が長く担当に残っているなら、そこから外していい事柄です。
分けたつもりでも、夜になるとまた自分のせいに戻ります
夜は疲れで自己制御が落ちるので、判断の材料としては弱くなります。浮かんだ件は一行メモにして、翌日の日中に見直す。昼に見ても3列目のままなら、それが本来の位置です。
相手からはっきり責められている場合はどうすればいいですか
言われた内容を、事実の指摘と評価の言葉に分けます。事実の指摘は1列目の材料になり、人格や態度への評価は担当の外です。同じ相手から評価の言葉だけが繰り返し続くなら、線引きより距離の取り方の話になります。

