自分の感情がわからないのは、性格でも心が壊れているわけでもありません。感情に気づいて名前をつける作業が、これまで練習される機会がなかっただけです。いま起きていることから、最初の2週間、1ヶ月目、3ヶ月目という時間の流れで、練習がどう変わっていくかを見ていきます。また分からなくなる場面への対処と、専門家に相談する境界も扱います。
感情に気づけないのは、性格の問題ではない
感情がわからない状態は、感情と、それを表す言葉のあいだの回路が細くなっている状態だと考えられています。感情そのものが失われているとは限りません。子どもの頃から自分の気持ちより周りの機嫌を先に読む必要があった人や、長く忙しさの中で感情を後回しにしてきた人に、よく見られる状態です。
「疲れているはずなのに疲れを感じない」「怒っていい場面のはずなのに、何も感じない」。こうした空白は、感情が消えたことを意味しません。体の反応として出たあと、言葉に変換される手前で止まっている状態です。止まる理由は人によって違い、忙しさが続いて後回しにする癖がついた場合もあれば、感情を出したときに周りの反応が良くなかった経験が積み重なった場合もあります。
感情の見えにくさは、程度も出方も一人ひとり違います。ある人は仕事の場面だけで空白になり、ある人はどんな場面でも一様に感じにくいままです。ここから先の時間の流れは目安であって、全員が同じ速さで進むわけではありません。それでも、体の感覚から言葉へという順番自体は、多くの人に共通して働きます。
感情の的が絞れないまま漠然とした不安が消えない感覚だけが続く場合も、根っこは近いところにあります。
回路は、使われなかった分だけ細くなっているだけです。使い直せば、少しずつ太くなっていきます。急に太くする必要はなく、細くなるまでにかかった年数に比べれば、数ヶ月の練習は短い時間です。次の章から、その使い直し方を時間の流れで見ていきます。
最初の2週間は、体の感覚から見ていく
最初の1〜2週間にやることは、体に出ているサインを拾うことです。感情の名前をその場で当てる必要はありません。感情を表す言葉は体の変化のあとに追いついて出てくるため、先に体を見るほうが手がかりが早く見つかります。
やり方は単純です。朝・昼・晩の1日3回、10秒だけ体に注意を向けます。肩に力が入っていないか、胸のあたりが詰まっていないか、喉が締まっていないか、胃が重くないか。感じたことを、一言でメモに残します。「肩が重い」「胸がざわつく」で十分で、それが何の感情かはこの段階では考えません。
メモの形式は、時刻・場面・体の感覚の3項目だけにします。「19時・上司からの電話後・胃が重い」のように、感情の言葉を入れる欄はあえて作りません。2週間で10〜14件たまれば、次の段階に進む材料としては足ります。
体のサインは、人によって出やすい場所が決まっています。喉が締まる人もいれば、胃が重くなる人、手先が冷たくなる人もいます。最初の数日でどこに出やすいかが見えてくるので、2週目からはその場所だけを重点的にチェックすると、メモを取る手間がぐっと減ります。
呼吸の浅さや食欲の変化、寝つきの悪さ、時間の感じ方が伸び縮みする感覚も、拾ってよいサインです。記録の粒度は「なんとなく変」で十分で、強さを10段階で採点する必要はありません。あった・なかったの二択で残すほうが、毎回の負担が軽く、結果として続けやすくなります。
1ヶ月たつと、語彙が変わってくる
1ヶ月目に起きる変化は、体のメモと感情の言葉が少しずつ結びつき始めることです。同じ「胸がざわつく」でも、不安な日もあれば苛立っている日もあると分かってくるのが、この時期の特徴です。
ここで役立つのが、感情の語彙リストです。基本語彙は20〜30語ほどで十分で、それ以上は増やしすぎないほうが扱いやすくなります。「苛立ち」と「怒り」、「寂しさ」と「悲しみ」のように、近い言葉の濃淡を区別できるリストを手元に置き、週に1回、たまったメモを見返して近い言葉を当てはめていきます。
粗い言葉が細かくなっていく過程は、実例で見るとわかりやすいです。「イライラ」は、見返すうちに「急かされている」「話を最後まで聞いてもらえていない」「見くびられた」に分かれていきます。「なんとなく嫌」は「気を使いすぎて疲れた」「本音を言えなかった」に分かれます。「寂しい」も、連絡がないことへの寂しさなのか、近くにいるのに分かってもらえない寂しさなのかで、そのあとに取りたい行動が変わってきます。粗いままの言葉を置いておくより、分かれた時点で選べる行動の幅が広がります。
この作業を続けると、体の感覚から感情の言葉までの距離が、少しずつ縮まっていきます。1ヶ月目の時点では、その場では気づけず、あとから見返して初めて分かる状態がまだ多く、それは想定どおりの進み方です。
3ヶ月目の目安は、遅れが数分に縮まること
3ヶ月目の目安は、感情に気づくまでの遅れが、数時間単位だったものが数分単位に縮まることです。その場で「今、少し苛立っている」と気づける回数が、目に見えて増えてきます。
完全にリアルタイムで分かるようにはなりません。3ヶ月続けても、感情が読めない空白の時間は残ります。ただ、空白から抜けるまでの時間が短くなり、家族や同僚に「今ちょっと疲れてる」と言葉で伝えられる場面が増えていきます。これが3ヶ月目の実際の手応えです。
疲労が強く積み重なった状態から回復していく途中でも、似たような感覚の空白が起きることがあります。燃え尽き症候群からの回復の途中にある人にとっても、体のメモから始める順番は共通して使えます。
3ヶ月という期間は、体感が大きく変わる節目として置いた目安であり、2ヶ月で手応えが出る人もいれば、4ヶ月かかる人もいます。焦って急ぐと、体のメモをつける作業自体が負担になり、かえって続かなくなります。週に数回、無理のない範囲で続けることのほうが、期間を縮めることより優先度が高いです。
3ヶ月続けても遅れがほとんど縮まらない場合、見直す点は3つです。ひとつ、体のメモを取る頻度が週1回以下まで落ちていないか。ふたつ、語彙リストを更新しないまま同じ数語だけを使い続けていないか。みっつ、疲労や睡眠不足が慢性的に積み重なっていないか。多くの場合、練習のやり方そのものより先に、この3つのどれかが止まっています。
また分からなくなる場面には、パターンがある
感情がまた分からなくなる場面には、共通点があります。疲労が重なったとき、対立が起きたとき、実家など特定の人間関係の中に戻ったときに起きやすく、これは練習が失敗したことを意味しません。
こうした場面では、感情の言葉を無理に探そうとせず、最初の2週間にやった体のメモだけに戻ります。ペースを落とし、時刻・場面・体の感覚の3項目だけを記録する形に一度戻すと、数日で感覚がまた動き出すことがほとんどです。3日以上たっても体のメモ自体が取れない状態が続く場合は、負荷が想定より大きいサインとして扱います。
人前で予定外の質問を急にされた場面や、複数の締切が重なった週も、感覚が抜けやすい場面です。前者はその場で答えを急がず、あとで体のメモに戻る時間を確保するだけで十分です。後者は締切が重なっている期間だけ体のメモを1日1回に減らして負担を下げ、山を越えてから元の頻度に戻します。
感情の振れ幅そのものが大きく感じられる人は、気分の波が大きいときの過ごし方も近い状況を扱っています。
戻ること自体は、練習が積み上がっていない証拠にはなりません。一度動き出した回路は、完全にゼロには戻らないことが多く、体のメモを再開してから元の感覚を取り戻すまでの時間は、最初に練習したときより短くなる人がほとんどです。
専門家に相談する境界
次のうち複数が続けて当てはまる場合は、ここで書いた練習だけでは届きません。
- 体の感覚も含めて、何も感じられない状態が2週間以上続いている
- 「わからない」に加えて、感覚が体から切り離されているような感じ(現実感の薄さ)が伴う
- 過去の出来事を思い出そうとしても、そのときの感情の記憶だけがすっぽり抜けている場面がある
- 感情に気づけないことで人間関係や仕事に支障が出ている(怒っていい場面で笑ってしまう、疲れに気づかず倒れるまで動いてしまう等)
感情と言葉の結びつきが弱い状態は、失感情症(アレキシサイミア)と呼ばれることがあります。感覚が体から離れているように感じる状態は、解離に近いと言われることもあります。どちらも自己診断はできません。ここに書いた項目はあくまで目安で、実際に見て判断するのは専門家の役目です。
心療内科や公認心理師のいる相談室、お住まいの自治体の精神保健福祉センターに相談してください。
よくある質問
感情がわからないのは、発達障害と関係がありますか
感情に気づきにくい特性は、発達特性がある人にも、そうでない人にも見られます。関係がある場合とない場合の両方があるため、ここだけでは判断できません。気になる場合は、感情と体の結びつきを見る検査も含めて、専門家に相談してみることをおすすめします。
涙が出るのに理由がわからないのは変ですか
涙や動悸など体の反応が先に出て、理由の言葉があとから追いつかないのはよくあることです。感情と言葉の回路が、まだつながる途中の状態だと考えられます。無理にその場で理由を探そうとせず、体の反応が出た場面と時刻だけをメモしておくと、あとから見返したときに理由が見えてくることがあります。
家族といると余計にわからなくなります
特定の相手といるときに感情が読めなくなるのは、その関係の中で長く感情を出さないでいた期間の長さが影響していることが多いです。3ヶ月目までの練習は一人の時間から始め、体のメモを取る動作に慣れてから、少しずつ家族といる場面に広げていくと進めやすくなります。
感情日記が続きません
続かない場合、最初から感情の言葉を当てる作業をしているケースがほとんどです。最初の2週間と同じように、体の感覚だけをメモする形に戻すと、負担が減って続けやすくなります。1日1行、体の感覚だけの記録で十分です。それでも重いと感じるなら、3項目のうち場面を省いて時刻と体の感覚の2つだけにしてみてください。項目を減らしても、続けられる形のほうが最終的には効いてきます。

